コラム

血清フェリチンは「いくつあれば十分」か──女性の抜け毛で語られる30・50・70という目標値の医学的根拠2026.07.06

「貧血ではないと言われたのに、抜け毛が減らない」──外来でよく聞く女性の声です。健康診断のヘモグロビン値が基準内でも、毛髪はすでに鉄不足のサインを出していることがあります。その手がかりが血清フェリチンという「貯蔵鉄」の指標です。しかし、血清フェリチンをめぐっては「30以上あれば大丈夫」「いや50は必要」「毛髪治療なら70を目指したい」と、目標値の説明が医療者ごとに揺れているのが実情です。本記事では、女性のびまん性脱毛と血清フェリチンの関係、そして30・50・70という数字がどこから来たのかを、AVAN TOKYO 銀座で毛髪再生医療を担当する森脇医師の視点から医学的に整理します。

この記事の要点

・血清フェリチンは体内の「貯蔵鉄」を反映する指標で、ヘモグロビンが基準内でも低下していることがある

・女性のびまん性脱毛の背景には、貧血一歩手前の潜在的な鉄不足が隠れているケースが少なくない

・目標値として語られる30・50・70にはそれぞれ根拠があるが、数値だけを見て一律に判断できない

・炎症・肥満・肝機能異常があるとフェリチン値は本来より高く出るため、単独の数字を過信しない

・鉄補充と並行して、頭皮環境そのものに働きかける幹細胞培養上清液という選択肢がある

血清フェリチンとヘモグロビンは別物──「貧血ではないのに抜ける」の背景

ヘモグロビンは「今動いている鉄」、フェリチンは「倉庫の鉄」

ヘモグロビンは赤血球のなかで酸素を運ぶタンパク質で、いわば「現在稼働中の鉄」を映しています。一方、フェリチンは肝臓や脾臓、骨髄などに蓄えられた「予備の鉄」がどれくらい残っているかを示す倉庫の指標です。体内の鉄が足りなくなると、まず倉庫(フェリチン)から取り崩され、それでも足りなくなって初めてヘモグロビンが下がり、貧血として現れます。つまり、ヘモグロビンが基準内でもフェリチンが底をつきかけているという状態は、女性ではむしろ珍しくないのです。

毛母細胞は鉄を大量に必要とする細胞

毛髪をつくり出す毛母細胞は、体内でも屈指の高速分裂細胞です。DNA合成に不可欠なリボヌクレオチド還元酵素は鉄を含む酵素であり、鉄が不足すると細胞分裂の速度が落ちます。その結果、成長期の毛が本来の太さと長さに達する前に休止期へ移行し、抜け毛や毛の細さとして現れます。ヘモグロビンが「まだ大丈夫」でも、毛母細胞レベルでは鉄不足が始まっている──これが、健診で異常なしと言われた女性が抜け毛に悩む一つの理由です。

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血清フェリチン30・50・70──目標値の医学的根拠

「30以上あれば正常」という基準の限界

一般的な検査値の下限として「フェリチン12〜15ng/mL未満は鉄欠乏」とされる一方、多くの毛髪外来ではもう少し高めの30ng/mLをボトムラインとして扱います。これは、毛周期に影響が及ぶ潜在性鉄欠乏の観点から設けられた実務上の目安です。ただし「30以上あれば安心」とは限らず、抜け毛が続いている女性では30台前半でも症状の説明としては不十分なことがあります。

50・70という目標値はどこから来たのか

海外の観察研究では、女性のびまん性脱毛(休止期脱毛)で血清フェリチンが40〜70ng/mLを下回る例が一般集団より多いという報告があります。これを踏まえ、毛髪治療を扱う施設では「治療開始時のフェリチン目標を50以上に、可能なら70前後まで引き上げる」といった運用がされることがあります。ただし、この数値はランダム化比較試験で確定した閾値ではなく、あくまで「経験的な安全マージン」として理解しておく必要があります。数字はゴールではなく、症状の推移とセットで評価する土台に過ぎません。

数字を過信できない理由──炎症・肥満・肝障害

フェリチンは、実は「急性期反応物質」でもあります。感染症・慢性炎症・肥満・脂肪肝・関節リウマチなどがあると、体内の実際の貯蔵鉄が少なくても、フェリチン値だけは正常〜高値に見えてしまうことがあります。逆に言えば、フェリチンが50を超えていても、CRPやトランスフェリン飽和度と併せて評価しないと、鉄欠乏を見逃してしまう可能性があるのです。単独の血清フェリチン値だけで薄毛の原因を判断してはいけない──これが外来での基本姿勢です。

鉄補充と幹細胞培養上清液──「体の内側」と「頭皮の側」の両輪

鉄剤を始めても、抜け毛がすぐには止まらない理由

血清フェリチンを目標値まで戻したとしても、抜け毛の減少や毛質の改善を実感するまでには、通常3〜6か月のタイムラグがあります。これは毛周期の長さ(成長期の毛が生えそろうまで時間がかかること)と、貯蔵鉄が末梢組織まで再分配されるまでの時間差の両方が関係しています。この「戻り待ち期間」の焦りが治療を中断させてしまうことも多く、当院ではあらかじめ経過の見通しを共有するようにしています。

頭皮側からのアプローチとしての幹細胞培養上清液

鉄補充はあくまで「原因の是正」ですが、すでに休止期に入ってしまった毛包を再び成長期へ戻す働きかけは、頭皮側から加える余地があります。幹細胞培養上清液には、IGF-1やVEGF、HGFといった毛包の血管新生や細胞増殖に関与すると報告されている複数のサイトカインが含まれており、頭皮への局所投与により毛周期のスイッチを刺激する試みが行われています。ただし、幹細胞培養上清液は鉄欠乏そのものを補うものではありません。血液内科的な原因が疑われる女性ではまず内科的評価と鉄補充を優先し、その上で頭皮環境を後押しする位置づけとして幹細胞培養上清液を検討する、という順序が誠実です。効果には個人差があり、全員に同じ結果が出るわけではないことも、治療前に共有しておくべき事実です。

受診時に確認しておきたい検査項目

女性の抜け毛で医療機関を受診する際は、ヘモグロビンだけでなく、フェリチン・血清鉄・総鉄結合能(TIBC)・トランスフェリン飽和度・CRP・TSH(甲状腺刺激ホルモン)まで含めて依頼するのが望ましい構成です。関連情報については毛髪再生医療の関連コラム一覧はこちらもご参照ください。皮膚疾患を伴う脱毛が疑われる場合には、日本皮膚科学会のガイドラインを参照している皮膚科での評価も一つの選択肢となります。

よくある質問

Q. 健康診断でヘモグロビンが基準内でしたが、血清フェリチンを追加で調べるべきですか?

慢性的な抜け毛や毛髪のコシの低下、爪の変形、疲れやすさなどがある女性では、追加の測定を検討する価値があります。フェリチンは一般健診の項目には含まれないことが多いため、抜け毛外来や内科で相談する際に依頼するとよいでしょう。

Q. フェリチンが50を超えれば、抜け毛は止まりますか?

数値の改善と症状の改善には時間差があり、また抜け毛の原因が鉄不足だけとは限りません。甲状腺機能、女性ホルモンの変動、慢性炎症など複数の要素が絡んでいることが多く、フェリチンの数字だけで判断せず総合的な評価が必要です。

Q. 鉄剤を飲むと胃が痛くなります。他の方法はありますか?

経口鉄剤は胃部不快や便秘などの副作用が出やすい方がいます。食後内服や隔日内服、剤型変更で改善することが多く、それでも継続困難な場合は医師と相談のうえ静注鉄などが検討されます。自己判断で市販サプリメントに切り替えると鉄含有量が不十分なこともあるため、医療機関での相談をおすすめします。

Q. 幹細胞培養上清液の治療だけで、女性の抜け毛は改善しますか?

背景に鉄欠乏や甲状腺機能異常など内科的な要因がある場合、その原因を放置したまま頭皮治療だけを行っても効果は限定的になりがちです。原因の是正と頭皮環境へのアプローチを両輪で進めるのが基本方針で、効果には個人差があります。

Q. フェリチンが高すぎる場合は問題ですか?

極端な高値は、体内の炎症、肝機能障害、遺伝性疾患であるヘモクロマトーシスなどの可能性を示唆します。単独で判断せず、他の血液検査や画像評価と合わせて医療機関で確認することが望ましいでしょう。

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【監修】森脇 進 / Shin Moriwaki(監修医師)

日本美容外科学会(JSAS)会員 / American Academy of Aesthetic Medicine 会員

米国医師免許資格(ECFMG certificate)

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