傷跡ボトックスで脂肪吸引の瘢痕を目立たせない医学的根拠を森脇医師が解説2026.09.04
先日、当院で30代女性の二の腕全周と脇肉(副乳前)の脂肪吸引を行いました。この方には脂肪吸引と同時に、創部周囲へごく少量のボツリヌストキシンを併用しています。いわゆる「傷跡ボトックス」と呼ばれる補助的なアプローチで、吸引孔をより目立ちにくく成熟させる目的で行う手技です。読者の方には耳慣れない言葉かもしれませんが、皮膚科・形成外科領域では創部の張力(テンション)を下げることで肥厚性瘢痕を抑制するという知見が積み上がっており、当院でも症例ごとに検討して併用しています。本記事では、脂肪吸引に併用するこの手技がなぜ有効なのか、その機序と適応、そして限界について、執刀医の視点で解説します。
この記事の要点
・傷跡ボトックスは、創部周囲の筋の張力を一時的に下げて瘢痕の肥厚化を抑える目的の、少量ボツリヌストキシン投与です。
・脂肪吸引の吸引孔は数ミリの点状創ですが、動きの多い部位ほど成熟過程で赤み・盛り上がりが残りやすい傾向があります。
・二の腕・脇まわりは肩関節の可動域が大きく、日常動作でも創部に牽引力がかかりやすい部位です。
・この手技は切開創のメカニカルストレスを下げ、肥厚性瘢痕リスクを低減する補助的手段と位置づけられます。
・効果には個人差があり、体質・部位・術後ケアの総合設計が前提で、単独で瘢痕を消せる治療ではありません。
脂肪吸引の傷跡ボトックスとは何か
脂肪吸引では、カニューレを挿入するために皮膚に数ミリの吸引孔(切開創)を作ります。二の腕であれば腋窩前後や肘周囲、腹部であれば臍周囲や下腹部、太ももであれば鼠径や膝裏などが一般的です。この吸引孔自体は非常に小さいものですが、動きの多い関節近くでは治癒過程で伸展刺激を繰り返し受け、肥厚性瘢痕や色素沈着として残ることがあります。
この手技は、この吸引孔の周囲にごく少量のボツリヌストキシン(A型)を皮内〜浅い皮下へ分割注入し、周囲筋・皮筋の張力を一時的に下げることで創部を「動きから休ませる」アプローチです。海外の皮膚科・形成外科系の症例研究では、瘢痕成熟過程でのメカニカルストレスの軽減が、瘢痕の赤み・盛り上がり・かゆみを抑える可能性が示唆されています。
なぜ吸引孔が肥厚性瘢痕になるのか
創傷治癒は炎症期・増殖期・成熟期の3相で進みます。この過程でコラーゲン線維は再配列されますが、創部にかかる張力(tension)が強いほどTGF-β1などの線維化促進サイトカインが持続的に働き、コラーゲンの過剰産生と血管新生が続きます。結果として、赤み・盛り上がり・かゆみを伴う肥厚性瘢痕が生じます。ケロイド体質でなくても、機械的ストレスが強く反復する部位では起こりうる現象です。
脂肪吸引の吸引孔は小さくとも、二の腕や脇は上肢の運動で常に皮膚が伸展・収縮します。とくに腋窩は肩関節の可動域が広く、日常動作(腕を上げる・肩を回す・洗髪する等)でも創部に牽引力がかかりやすい部位です。この張力を機序として下げる補助策として、瘢痕成熟の初期にボツリヌス投与を検討する意味があります。
二の腕・脇の吸引孔に傷跡ボトックスを併用する意義
今回のようなケース、すなわち30代女性で二の腕全周と脇肉(副乳前)を同時に吸引したケースでは、吸引孔は腋窩前後と肘周辺に配置されます。いずれも関節運動の影響を強く受ける位置です。特に腋窩は肩関節の可動性が高く、術後の生活動作で創部が繰り返し牽引されるため、成熟過程で赤みや硬結が残りやすいポイントとして知られています。
執刀医としてこの症例で併用した判断は、大きく3点に集約されます。①創部の位置が可動域の大きい関節近傍にあること。②活動的な生活が予想され、術後1〜3か月の張力刺激が反復すると見込まれること。③術中に真皮の厚みや弾性、皮下組織の質から瘢痕形成リスクをやや高めに見積もったこと。あくまで「創部の張力を下げる補助」であり、術式選択・カニューレ径・縫合方法・弾性着衣管理などとセットで全体設計する前提です。
傷跡ボトックスの投与量・注入層・タイミング
投与量は極めて少量で、1つの吸引孔あたり数単位を目安に、複数の創部へ分割して注入します。表情筋への通常量とはスケール感がまったく異なるため、周囲の運動機能に日常的な影響を与えることはほとんどありません。注入層は皮内〜ごく浅い皮下で、真皮直下の細かな皮筋(皮下の細い筋線維)や毛根周囲の立毛筋の張力を弱めるイメージです。
タイミングは、術直後(同一手術内)または創部を縫合した直後に行うのが一般的です。瘢痕成熟が最も進む「術後3〜6か月」に張力の高い状態が続くと、肥厚化リスクが高まるため、その初期に張力を下げておくことに意義があります。ボツリヌストキシン製剤の効果は3〜4か月程度で薄れますが、その頃には瘢痕成熟のピークを過ぎており、以降はコラーゲンが穏やかに再配列される、というのが理論的な背景です。
適応と限界・副作用
すべての方に必要な治療ではありません。適応の中心は、①関節近傍や動きの多い部位に吸引孔がある方(二の腕・脇・膝・腹部側面など)、②ケロイド・肥厚性瘢痕の既往やご家族歴がある方、③体質的に色素沈着や瘢痕硬化が残りやすい方、などです。一方、妊娠・授乳中の方、重症筋無力症などの神経筋接合部疾患の方、ボツリヌストキシン過敏症の方は禁忌となります。
副作用としては、注入部位の一時的な内出血・赤み・軽度の違和感などが挙げられますが、通常量よりはるかに少ない量のため、運動機能への日常的な影響は限定的です。ただし、この手技だけで瘢痕がゼロになることを保証する治療ではありません。テーピングによる張力コントロール、紫外線対策、必要に応じたシリコンジェルシート・トラニラスト内服・ケナコルト®注射などを組み合わせる総合戦略が前提となります。効果は個人差が大きく、断定的な結果を約束するものではありません。美容外科の安全基準や治療の位置づけについては日本美容外科学会の情報も参照してください。

この症例の治療内容・費用・リスク
治療内容:30代女性。二の腕全周および脇(副乳前)のベイザー脂肪吸引(静脈麻酔下)に、吸引孔周囲への少量のボツリヌストキシン注射(いわゆる傷跡ボトックス)を併用しました。
費用:費用は料金ページをご確認ください。
主なリスク・副作用:内出血、腫れ、痛み、拘縮(皮膚の硬さ・ひきつれ)、左右差、皮膚の凹凸、感染、傷跡、ボツリヌストキシンによる一時的な筋力低下などが起こる可能性があります。
効果には個人差があり、写真は一例です。
よくある質問
Q. 脂肪吸引と同じ日に傷跡ボトックスはできますか?
はい、多くのケースで手術と同一日、同一の手術枠内で行います。創部を縫合した直後に周囲皮膚へ少量分割注入するのが一般的で、追加の来院や別枠の再麻酔は基本的に必要ありません。カウンセリング時にご希望と体質を確認したうえで判断します。
Q. 効果はいつまで続きますか?
ボツリヌストキシンの筋弛緩作用そのものは3〜4か月で薄れます。ただし、目的は「瘢痕成熟の初期に張力を下げること」であり、その期間を過ぎれば、以降はコラーゲンが穏やかに再配列される時期に入るため、肥厚しにくい状態で仕上がっていくと考えられています。
Q. すでに二の腕の吸引孔が硬く赤くなっています。今からでも間に合いますか?
成熟途中(術後6か月以内)であれば、追加の少量ボツリヌス投与やケナコルト®の局所注射、シリコンジェルシートなどを組み合わせて改善を狙える可能性があります。既に成熟しきった長期瘢痕への効果は限定的なので、気になる場合は早めのご相談をおすすめします。
Q. ケロイド体質でも受けられますか?
ケロイド・肥厚性瘢痕の既往がある方は、むしろ張力コントロールの意義が大きい群です。ただし単独では不十分なことが多く、ステロイド局所注射・シリコンジェルシート・トラニラスト内服などを併用する総合戦略で管理します。診察時に既往歴・家族歴を含めて評価したうえで判断します。
Q. 施術すれば必ず傷跡は消えますか?
いいえ、断定はできません。あくまで「肥厚しにくい環境をつくる」補助的な治療であり、瘢痕を完全に消す治療ではありません。仕上がりには体質・年齢・部位・術後ケア・紫外線曝露など多くの因子が関わり、個人差が大きい領域です。
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【監修】森脇 進 / Shin Moriwaki(監修医師)
日本美容外科学会(JSAS)会員 / American Academy of Aesthetic Medicine 会員
米国医師免許資格(ECFMG certificate)
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