コラム

大人になって急に扁平足になった原因は後脛骨筋腱機能不全かもしれない|腱変性と注射治療2026.07.23

朝、起き上がって歩き始めた瞬間、足の土踏まずのあたりがずしんと重く痛む。以前は問題なく歩けていたのに、いつの間にか足の内側アーチがつぶれて扁平足になり、長く歩くと足首の内側がじわりと疼く——このような症状で来院される方の背景に、しばしば後脛骨筋腱機能不全という腱の障害が隠れています。後脛骨筋腱機能不全(PTTD:posterior tibial tendon dysfunction)は、内側縦アーチを支える主要な腱が変性・機能低下を起こす病態で、放置すると成人期扁平足へと進行し、最終的には距骨下関節や足関節の変形にまで至ります。近年、この病態に対して幹細胞培養上清液の腱周囲注射を保存的補完の一つとして検討する場面が増えていますが、適応と限界の線引きは慎重に行う必要があります。本稿では森脇医師の視点から、後脛骨筋腱機能不全の病態を整理したうえで、装具療法・運動療法・手術との住み分けの中でこの注射がどこまで期待され、どこに限界があるのかを誠実に読み解いていきます。

この記事の要点

・後脛骨筋腱機能不全は成人期扁平足の代表的な原因で、40〜60代女性に発症頻度が高いとされる

・内側縦アーチを支える腱の変性・部分損傷が背景にあり、放置すると足首・距骨下関節の変形へと進行する

・治療は装具・運動療法が基本であり、Johnson分類ステージIII以降では手術適応が検討される

・幹細胞培養上清液の腱周囲注射は、変性した腱周囲の炎症・修復環境に働きかける「保存的補完」の位置づけ

・効果には個人差があり、断裂範囲や骨変形の程度によっては注射単独での改善は期待しにくい

後脛骨筋腱機能不全とはどのような病態か

後脛骨筋は下腿後面の深層にある筋肉で、その腱が内くるぶし(内果)の後方を通って足の舟状骨や中足骨基部に付着します。この腱は歩行時に足の内側縦アーチを持ち上げ、地面を蹴り出す推進力を生み出す重要な役割を担っています。腱が変性・伸長すると、まず内くるぶしのやや後下方に痛みと腫脹が現れ、次第にアーチが低下し、外側から観察すると「too many toes sign(多趾徴候)」と呼ばれる特徴的な所見が現れます。片脚つま先立ちが困難になるのも、この病態の代表的なサインです。

成人期扁平足の代表的な原因

子どもの扁平足の多くは骨格性・無症候性のまま経過することが多いのに対し、大人になってから徐々に扁平化が進むケースの背景には、この腱の障害が潜んでいることが少なくありません。腱そのものの加齢性変性、慢性的な過負荷、肥満、女性ホルモンの変動、糖尿病、関節リウマチなどの全身背景が組み合わさって発症すると考えられています。特に中高年女性で発症頻度が高いのは、閉経後のホルモン環境と腱組織のコラーゲン代謝が関与しているのではないかとも指摘されています。

Johnson分類と自然経過

病態評価にはJohnson分類(ステージI〜IV)が広く用いられます。ステージIは腱に炎症はあるものの機能は保たれる段階、IIは腱が伸長して扁平足変形が現れるが変形の柔軟性は残る段階、IIIは変形が固定化し関節に骨性変化が加わる段階、IVは足関節の外反変形にまで進行した段階です。段階が進むほど保存療法の効果は限定的になり、ステージIII以降では距骨下関節固定術や三関節固定術など手術的介入が検討されます。関節・足部疾患の全般的な情報については日本整形外科学会の公開情報も参照ください。

posterior tibial tendon dysfunction adult flatfoot

幹細胞培養上清液の腱周囲注射で後脛骨筋腱機能不全に何ができるのか

本疾患の治療は、まず装具療法(アーチサポート付き医療用インソール、UCBLブレース、必要に応じてAFOなど)と運動療法(後脛骨筋の遠心性トレーニング、下腿三頭筋のストレッチ)が基本となります。急性期の炎症には短期間の消炎鎮痛薬が用いられることもありますが、腱にステロイドを繰り返し注射することは腱脆弱化のリスクが指摘されており、慎重な判断が必要です。ヒアルロン酸注射も本疾患では標準的選択肢とは言いがたく、ここに「もう一つの保存的補完」として幹細胞培養上清液の腱周囲注射が検討される場面が出てきます。

組織修復環境を整えるという発想

幹細胞培養上清液には、TGF-β・IGF-1・FGF・VEGFなど複数の成長因子や抗炎症サイトカイン、エクソソームが含まれるとされています。腱組織はもともと血流に乏しく、変性した腱付着部での修復反応は緩慢で、それが慢性化の一因とされています。幹細胞培養上清液の腱周囲注射は、こうした「治りにくい環境」に働きかけて炎症サイクルを鎮め、腱周囲の修復環境を後押しすることを狙う治療です。ただし、これは「伸びた腱を短く戻す」ものでも「断裂した腱を再接続する」ものでもなく、あくまで腱周囲の生物学的環境を調整する補完的アプローチであることを最初に共有しておく必要があります。

ステージ別の適応と限界

現時点でこの注射が保存的補完として意味を持ちうるのは、主にJohnson分類ステージIから初期のIIまで、すなわち腱の炎症・部分的変性は認められるが変形の可動性がまだ保たれ、装具・運動療法と併用できる段階です。ステージIII以降、すでに距骨下関節や中足関節に骨性変形が固定化している段階では、注射単独で機能回復を期待するのは現実的ではなく、整形外科的手術が第一選択となります。また、後脛骨筋腱の広範な完全断裂・脂肪変性が認められる症例では、注射での改善は限定的です。関節・腱周囲への治療選択肢については幹細胞培養上清液の関節注射に関する情報ページもあわせてご参照ください。

治療設計と併用療法の実際

装具・運動療法との併用が土台

本疾患に対する腱周囲注射は、単独治療ではなく必ず装具療法・運動療法とセットで設計します。特に医療用アーチサポートインソールやUCBLブレースによる縦アーチの支持は、後脛骨筋への荷重負荷を軽減し、腱修復のための「休養環境」を作るという意味で極めて重要です。運動療法としては、レジスタンスバンドを用いた後脛骨筋の遠心性収縮トレーニング(つま先内返し運動)、下腿三頭筋・アキレス腱のストレッチ、片脚バランス訓練が基本メニューになります。「注射をしたから運動しなくてよい」という誤解は、治療効果を最も損なう考え方です。

効果判定と回数設計

注射後は、通常数週間から数か月の経過観察のうえで、疼痛スコア(VAS/NRS)、片脚つま先立ちテストの可否、歩行時の疼痛出現距離、内側縦アーチ角の変化などを客観的な指標として効果判定を行います。反応が乏しい場合、あるいは変形の進行が確認された場合には、注射を漫然と継続するのではなく整形外科的再評価に切り替える判断が必要です。「1回で劇的に痛みが消える」ことを期待して受けるのではなく、装具と運動を土台にした保存療法全体の「底上げ」として位置づけることが現実的です。

向かない人・慎重に判断すべき人

活動性の関節・皮膚感染、コントロール不良の糖尿病や関節リウマチ、ステージIVまで進行し変形が固定化した症例、後脛骨筋腱の広範な完全断裂例では、本注射は原則として適応外あるいは慎重投与の対象となります。またワルファリン・DOAC・抗血小板薬など抗凝固作用のある薬剤を内服中の方は、事前に主治医と相談のうえ休薬・継続の判断を行う必要があります。妊娠中・授乳中の方については安全性データが十分ではないため、原則として時期を選ぶ判断が妥当です。

よくある質問

Q. 後脛骨筋腱機能不全に幹細胞培養上清液の注射を受ければ扁平足は元に戻りますか

完全に元のアーチに戻すことを目的とした治療ではありません。腱周囲の炎症を鎮め、修復環境を整えて症状の進行を緩めることを狙う保存的補完という位置づけです。骨性変形が固定化する前の早期段階でのみ、機能面の改善が期待しやすくなります。

Q. 装具を使わずに注射だけで治せますか

お勧めしません。装具・運動療法によって後脛骨筋への荷重負荷を軽減しない限り、腱の修復環境は整いません。この注射は必ず医療用インソールと運動療法との併用が前提となります。

Q. 効果はどのくらいで実感できますか

個人差が大きく、断定はできません。腱組織の修復には時間を要するため、多くの症例で数週間〜数か月かけて徐々に評価します。1回で劇的に痛みが消える治療ではないと理解した上で受けていただく必要があります。

Q. 手術は回避できますか

Johnson分類ステージI〜II初期であれば、装具・運動療法・腱周囲注射の組み合わせで手術回避を目指す設計は現実的です。しかしステージIII以降で変形が固定化している場合、注射で手術を回避できるとは言えず、整形外科医との相談が必須となります。

Q. 保険は使えますか

幹細胞培養上清液の腱周囲注射は自由診療となります。装具療法・運動療法は保険診療の枠組みで受けられる場合が多いため、費用設計は保存療法全体のトータルで検討することをお勧めします。

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【監修】森脇 進 / Shin Moriwaki(監修医師)

日本美容外科学会(JSAS)会員 / American Academy of Aesthetic Medicine 会員

ECFMG Certificate 取得

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