コラム

なぜアキレス腱の痛みは半年たっても引かないのか──アキレス腱症を「炎症」ではなく「腱の変性」と捉える視点と幹細胞培養上清液という選択2026.07.08

「走り始めると踵の後ろが引きつるように痛む」「朝、床に足をついた最初の一歩でアキレス腱が固くて痛い」——そんな悩みでご相談に来られる方が増えています。多くの方は”アキレス腱の炎症”だと考えて安静や湿布で様子を見られますが、慢性化したアキレス腱症は実は「炎症(-itis)」ではなく「腱の変性(tendinosis)」というまったく別の病態です。ここを取り違えると、いくら安静を続けても痛みが引かない、という状況に陥りやすくなります。この記事では、慢性のアキレス腱痛のメカニズムを整理したうえで、保存療法という土台の上に幹細胞培養上清液の局所投与という選択肢がどこに位置づけられるかを、AVAN TOKYO 銀座の森脇医師の視点で解説します。

この記事の要点

・慢性化したアキレス腱症は「炎症」ではなく腱コラーゲン線維の「変性」であり、抗炎症薬や安静だけでは治りにくい病態です

・治療の土台は運動療法(エキセントリック運動)・体外衝撃波・靴やインソールの見直しであり、幹細胞培養上清液はそれらと組み合わせる選択肢という位置づけです

・幹細胞培養上清液には成長因子や細胞外小胞(エクソソーム)が含まれ、変性した腱の修復環境を整える方向で作用しうると考えられています

・アキレス腱の付着部型(insertional)と実質部型(mid-portion)では血流や治り方が異なり、注射の狙い方も変わります

・断裂・重度の変性・活動性感染などでは非適応となるため、まず整形外科的な診断と画像評価が前提です

アキレス腱症は「炎症」ではない──慢性化する本当の理由

長年「アキレス腱炎」と呼ばれてきたこの病態ですが、慢性期の腱組織を顕微鏡で観察しても、典型的な炎症細胞(好中球やマクロファージ)はほとんど見当たりません。代わりに認められるのは、コラーゲン線維の乱れ、腱細胞(tenocyte)の異常な増殖、微小血管の異常新生、そして粘液様の変性——つまり「腱そのものが構造的に変性し、微小な破綻と修復不全を繰り返している状態」です。これが現在、アキレス腱症を”tendinosis(腱変性症)”と呼び、単なる炎症の延長ではないと理解されている根拠になっています。

-itis(炎症)と-osis(変性)を分けて考える

急性期の1〜2週間には確かに微細な炎症が起きていますが、そこを越えて数か月続く痛みは多くが「変性」への移行によるものです。慢性期の腱は本来血流が乏しく、酸素・栄養・修復シグナルが届きにくい”低代謝ゾーン”が広がっていきます。この状態でNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)を続けても、標的である炎症そのものが乏しいため症状が変わらない、あるいはむしろ腱の修復過程が抑えられてしまうという指摘もあります。「炎症を抑える」発想から「変性した腱の組織環境を立て直す」発想へ切り替えていくことが、この病態の治療設計では鍵になります。

付着部型と実質部型で治り方が変わる

アキレス腱症は、踵骨への付着部で痛む「付着部型(insertional)」と、踵骨から2〜6cm上の腱中央部で痛む「実質部型(mid-portion)」に大別されます。付着部型は骨・軟骨・腱が入り組む複雑な構造で、もともと血流が乏しく治りにくい傾向があり、実質部型と比べて運動療法への反応が鈍いことが知られています。どちらの型かによって治療戦略も変わるため、まずは超音波(エコー)やMRIで所見を確認することが基本になります。

Achilles tendinopathy stem cell conditioned media

アキレス腱症の保存療法と、幹細胞培養上清液を「土台の上」に置くという発想

慢性のアキレス腱痛に対してまず行うべきは、変性した腱に対して”適切な負荷”をかけ直す運動療法です。とくに実質部型では、Alfredson法として知られる下腿三頭筋のエキセントリック運動(かかとをゆっくり下ろす運動)が中心となり、多くの症例で有効性が示されています。加えて、体外衝撃波療法(ESWT)、シューズやインソールの見直し、ふくらはぎの柔軟性トレーニングといった保存療法が治療の土台を作ります。関節・運動器疾患全般の情報については日本整形外科学会のサイトも参考になります。

幹細胞培養上清液で想定しうる作用

幹細胞培養上清液には、間葉系幹細胞が培養の過程で分泌したさまざまな成長因子(TGF-β、IGF-1、VEGF、FGFなど)、細胞外小胞(エクソソーム)、miRNAといったシグナル分子が含まれています。基礎研究の段階では、これらの因子が腱細胞のコラーゲン産生や、血流に乏しい変性腱の微小環境改善に関与しうることが報告されています。ただしあくまで「変性した腱の修復環境を後押しする方向で作用しうる」という位置づけであって、断裂した腱をつなげたり短期間で痛みをゼロにしたりする”魔法の注射”ではありません。効果と反応には個人差と限界があります。

ステロイド注射との目的の違い

痛みが強いときにステロイドを腱周囲に打つ選択肢もありますが、腱そのものに直接注射することは腱組織を脆弱にし断裂リスクを高めうるため慎重に避けられます。ステロイドは強い抗炎症作用で”痛みを速く抑える”のに向く一方、変性した腱組織の”修復”には寄与しません。幹細胞培養上清液の腱周囲注射は、痛みを抑えるベクトルではなく、変性した組織の代謝環境に働きかけて時間をかけて治癒を後押しするという、目的の異なるアプローチです。

アキレス腱に上清液注射を検討するときの注意点

「腱内」ではなく「腱周囲」に丁寧に届ける

アキレス腱への上清液投与では、原則として腱そのもの(腱実質内)への大量注入は避け、腱周囲組織(peritendinous)や付着部の周辺にエコーガイド下で少量ずつ投与する手技が選ばれます。腱内圧の急激な上昇や、健全な腱線維への物理的負担を避けるためです。手技の精度と、投与部位の選び方が結果を大きく左右します。

非適応・慎重投与のケース

以下のようなケースでは、幹細胞培養上清液の腱周囲注射は第一選択にならないか、慎重な検討が必要です。

・アキレス腱の完全断裂・部分断裂が疑われる場合(画像評価が最優先)

・活動性の感染症がある場合

・コントロール不良の全身疾患(糖尿病・膠原病など)がある場合

・強い変性・骨棘形成が進行し、外科的介入が妥当と判断される場合

まずは整形外科的な診断と画像所見の確認が前提であり、当院では他の保存療法(運動療法・衝撃波・装具)を並行して評価しつつ、患者さんの活動レベルや目標に合わせて設計します。詳細については幹細胞培養上清液の関節注射について詳しくはこちらをご覧ください。

効果判定と経過観察の考え方

腱組織の修復には時間がかかります。投与後、数週間で痛みが軽くなる方もいれば、数か月かけてゆっくり改善していく方もいます。1回で終わりにするのではなく、痛みスコア(VAS)、朝の踵の硬さ、歩行・階段動作、ランニング再開後の症状などを継続的に確認し、必要に応じて追加投与や治療戦略の見直しを行うのが基本です。反応には個人差があり、すべての方に有効とは言えないことは正直にお伝えしています。

よくある質問

Q. アキレス腱症の注射は保険適用ですか?

幹細胞培養上清液を用いた局所投与は自由診療となります。保険適用の保存療法(運動療法・NSAIDs・湿布・装具など)をまず行っていただいたうえで、慢性化した症例に対して選択肢のひとつとして検討します。

Q. 1回の注射で治りますか?

1回でも症状が軽くなる方はいらっしゃいますが、全員に当てはまるわけではありません。腱の変性がベースにあるため修復には時間がかかり、複数回の投与や運動療法との併用で経過を追うことが一般的です。効果と限界には個人差があります。

Q. ランニングはいつから再開してよいですか?

痛みの程度と腱の反応を見ながら段階的に負荷を上げていきます。注射直後の全力運動は避け、まず歩行・軽いジョギングから始め、痛みや違和感の再発がないかを確認しながら数週間かけて元の練習量に戻していくのが安全です。

Q. アキレス腱が完全に切れているかどうかは、どう判断しますか?

問診(急な断裂音の有無、蹴り出しができるか)、Thompsonテストといった身体所見、そして超音波・MRIによる画像評価で総合的に判断します。断裂が疑われる場合は、上清液注射より先に整形外科的な評価と手術適応の検討が必要です。

Q. 幹細胞培養上清液は「再生医療」として承認されていますか?

幹細胞そのものを移植する治療とは異なり、上清液は細胞の分泌物を含む液体で、投与自体は再生医療等安全性確保法の届出対象となる医療機関で管理して行われます。「厚労省が承認した医薬品」とは違うため、期待できる範囲と限界を正直に共有したうえでご相談を進めています。

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【監修】森脇 進 / Shin Moriwaki(監修医師)

日本美容外科学会(JSAS)会員 / American Academy of Aesthetic Medicine 会員

米国医師免許資格(ECFMG certificate)

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