サッカー選手・長距離ランナーに多い『恥骨結合炎(osteitis pubis)』を鼠径部痛症候群・内転筋腱付着部症と取り違えないために──恥骨結合部の反復ストレスが招く慢性炎症と骨吸収の病態と、幹細胞培養上清液の恥骨結合周囲注射で狙える炎症環境の是正・狙えない骨形態そのものの是正の線引きを森脇医師が整理する2026.08.11
サッカーの試合終盤にキックで鼠径部の付け根がずきっと走る、長距離ランを重ねてきたら恥骨のあたりが慢性的にうずくようになった――そのような鼠径部痛を「使いすぎ」「内転筋の疲労」で片付けて放置していないでしょうか。実はそれが恥骨結合炎(osteitis pubis)という、恥骨結合部そのものに慢性的な炎症と骨吸収が進む病態のサインである可能性があります。本症はサッカー選手・長距離ランナー・ラグビー・アイスホッケー・格闘家など、下肢の内転外転動作を反復する競技者に多く、鼠径部痛症候群や内転筋腱付着部症と極めて似た症状を呈するため、初期には誤った治療設計に流れやすい難物です。本稿ではAVAN TOKYO銀座の森脇医師が、恥骨結合炎の病態と鑑別のポイント、そして幹細胞培養上清液の恥骨結合周囲注射で狙える範囲・狙えない範囲を、適応と限界に誠実に整理します。
この記事の要点
・恥骨結合炎はサッカー選手・長距離ランナーに多い恥骨結合部の慢性反復ストレス病態で、鼠径部痛症候群や内転筋腱付着部症と混同されやすい
・恥骨結合部は線維軟骨性の関節で、長期の反復ストレスにより関節円板の変性・骨吸収・骨髄浮腫が生じる
・鑑別には恥骨結合部そのものの圧痛、両下肢内転抵抗テスト(squeeze test)、MRIでの骨髄浮腫評価が必要
・幹細胞培養上清液の恥骨結合周囲注射で狙えるのは関節周囲の炎症環境の是正であり、骨形態そのものの是正や機械的ストレスの消去は狙えない
・保存療法の基本は競技負荷の段階的調整と内転筋・体幹の機能回復であり、注射はあくまでその並走要素
恥骨結合炎とは──恥骨結合部の反復ストレスが招く慢性炎症
恥骨結合は左右の恥骨が線維軟骨性の関節円板(interpubic disc)を挟んで結合する関節です。通常は数mm程度の可動域しか持ちませんが、キック動作・ストップ&ゴー・急なターン・長距離走といった片脚荷重と骨盤の非対称な回旋を反復する競技では、恥骨結合部にせん断ストレスが持続的にかかります。この反復ストレスが年単位で蓄積すると、関節円板の変性、恥骨関節面の骨吸収、微小骨嚢胞形成、骨髄浮腫が生じ、慢性化した本症の状態に至ります。

好発する競技と背景
サッカー選手、特にキック動作の多いポジション(フォワード・ミッドフィルダー)で頻度が高く、ラグビー、アイスホッケー、格闘家、長距離ランナーにも見られます。片側性・両側性のいずれもあり得ますが、キック動作の軸脚側に症状が出やすい傾向が知られています。慢性化しやすい背景には、恥骨結合部が「わずかしか動かない関節」であるがゆえに損傷後の再教育が難しく、日常動作の中で反復ストレスが積み上がり続けることがあります。
関節円板・骨・付着部で何が起きているか
恥骨結合部には内転筋群・腹直筋・腹斜筋・恥骨筋・薄筋など多数の筋腱が付着しており、これらの牽引ストレスが関節円板と骨に集中します。慢性期にはIL-1βやTNF-αといった炎症性サイトカインが関節周囲に持続し、骨吸収を担う破骨細胞の活動が優位となることで、レントゲンでは恥骨関節面の吸収像・関節裂隙の不整として捉えられます。個人差はありますが、この骨代謝の乱れが痛みの慢性化を支える重要な背景です。
鼠径部痛症候群・内転筋腱付着部症との鑑別──「同じ鼠径部痛」でも治療設計は変わる
鼠径部の痛みを訴える競技者では、以下の病態を丁寧に切り分ける必要があります。診断が定まらないまま漫然と注射やマッサージを繰り返すと、原因病態の治療機会を逃すおそれがあります。
疼痛部位と誘発動作の違い
本症では恥骨結合そのものに指1本で押さえられる圧痛点があり、仰臥位で両膝を立てて内側に絞る抵抗テスト(squeeze test)で恥骨結合部に痛みが再現されるのが特徴的です。一方、内転筋腱付着部症(アダクター腱障害)では圧痛点が長内転筋の恥骨枝付着部に限局し、内転抵抗テストで筋腱部の痛みが出ます。鼠径部痛症候群(athletic pubalgia、いわゆるスポーツヘルニア)では腹壁筋筋膜の脆弱化が背景にあり、深鼠径輪付近の圧痛やValsalva動作(腹圧を上げる動作)で疼痛が誘発される点が特徴です。
画像所見の使い分け
単純X線では恥骨結合部の関節裂隙の不整・骨吸収像・骨嚢胞形成が確認できますが、初期例では所見に乏しいことがあります。MRIのSTIRまたは脂肪抑制T2強調像で恥骨枝両側の骨髄浮腫が確認できれば診断に有力な所見となります。超音波では内転筋腱付着部の腱変性・低エコー像や鼠径管周囲の異常が観察でき、鑑別の実務に役立ちます。関節疾患の情報については日本整形外科学会も参照してください。
幹細胞培養上清液の恥骨結合周囲注射で狙える範囲・狙えない範囲
狙える範囲──関節周囲の炎症環境の是正
本症に対する幹細胞培養上清液の恥骨結合周囲注射では、慢性化した関節周囲・付着部の炎症性サイトカイン環境の是正を狙います。上清液に含まれるTGF-β、IGF-1、bFGF、HGFといった成長因子群が、腱・靭帯・関節周囲組織の修復環境に働きかける機序が想定されており、エコーガイド下で恥骨結合近傍と付着部周囲に少量ずつ分割投与することで、関節内には直接届かないものの周囲の炎症サイクルを鎮める補助的な役割が期待されます。
狙えない範囲──骨形態と競技負荷そのもの
一方で、すでに生じた恥骨結合部の関節裂隙の不整や骨吸収像そのものを解剖学的に元に戻すことは、上清液の周囲注射では狙えません。また、キック動作や急停止といった競技動作そのものによる機械的ストレスを消去することもできません。したがって「注射だけで治す」という発想ではなく、競技負荷の調整・機能回復・注射の3本柱で並走する治療設計が現実的で、効果には個人差があります。
治療設計──負荷管理・機能回復・注射の三本柱
保存療法が基本
本症の治療は保存療法が基本です。まず競技負荷の段階的調整として、痛みが強い時期はキック動作・スプリント・急停止を一時中断し、疼痛のない範囲での有酸素運動(水中運動・自転車エルゴメーターなど)に切り替えます。次に内転筋群・腹横筋・骨盤底筋群の機能回復トレーニングを段階的に導入し、骨盤アライメントと下肢キネマティクスを見直します。
幹細胞培養上清液注射の位置づけ
慢性化して保存療法で改善に乏しい症例で、幹細胞培養上清液の恥骨結合周囲注射を並走要素として検討します。2〜4週間隔で複数回投与し、圧痛スコア・squeeze testでの疼痛・キック動作復帰の可否を客観的な効果判定指標として用います。詳細は幹細胞培養上清液の関節注射について詳しくはこちらを参照ください。
手術適応との境界
6か月以上の保存療法にもかかわらず疼痛が持続し、日常生活・競技継続に支障がある重症例では、恥骨結合部の掻爬・関節固定術などの手術が検討されます。この段階では上清液注射単独での改善は難しく、整形外科的な再評価が必要です。
よくある質問
Q. 恥骨結合炎の痛みはどんな動作で悪化しますか?
キック動作、急な方向転換、スプリント、階段昇降、寝返り、片脚立位など、骨盤の左右非対称な負荷がかかる動作で悪化しやすくなります。両下肢を内側に絞る動作(squeeze test)で恥骨結合部に痛みが再現されるのが特徴的な所見です。
Q. 内転筋を鍛えれば予防できますか?
内転筋群の機能回復は重要ですが、単独で予防が完結するわけではありません。腹横筋・骨盤底筋を含む体幹深部筋の協調運動、骨盤アライメントの再教育、キック動作フォームの見直しを含めた総合的なアプローチが必要です。
Q. 幹細胞培養上清液の注射だけで治りますか?
注射単独で完治を狙う治療ではありません。本症の本質は反復する機械的ストレスによる慢性炎症と骨吸収であり、競技負荷の調整・機能回復トレーニングと並走することで初めて意味を持つ治療位置づけです。効果には個人差があり、進行度や競技継続の可否によっても結果は変わります。
Q. 恥骨結合部への注射は保険適応ですか?
幹細胞培養上清液の関節周囲注射は自由診療となります。保険診療とは併用できないため、事前に費用・回数・見込み期間について十分な説明を受けたうえで判断してください。
Q. スポーツへの復帰まで何か月かかりますか?
進行度により大きく異なりますが、軽症例で3〜4か月、慢性化例で6か月以上を要することが多いとされます。痛みが引いてもすぐにキック動作を全力で再開すると再発リスクが高いため、段階的な負荷復帰プロトコルを守ることが重要です。
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【監修】森脇 進 / Shin Moriwaki(監修医師)
日本美容外科学会(JSAS)会員 / American Academy of Aesthetic Medicine 会員
米国医師免許資格(ECFMG certificate)
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