コラム

テニス肘がなかなか治らないのは「炎症」ではなく「腱の変性」だから──外側上顆炎に対する幹細胞培養上清液注射という選択2026.07.02

「テニス肘」と診断されたのに、湿布を続けても、注射をしても、しばらくするとまた痛みがぶり返す──そんな経験をお持ちの方は少なくないはずです。ラケットを握る時、ドアノブを回す時、雑巾を絞る時に肘の外側にズキっと走る痛み。これがなかなか治らないのは、実は「炎症」という古い理解のままケアされているからかもしれません。近年の研究では、この症状の本体は単なる炎症ではなく「腱そのものの変性(tendinosis)」であることが分かってきました。本記事では、変性という病態の視点から捉え直し、幹細胞培養上清液の腱付着部注射がなぜ選択肢の一つになりうるのかを、AVAN TOKYO 銀座の視点から解説します。

「テニス肘」は本当に炎症なのか──「-itis」から「tendinosis」へ

医学用語で「〜itis」は炎症を意味します。かつて「lateral epicondylitis(外側上顆炎)」と呼ばれていたこの症状は、その名の通り「炎症性疾患」として扱われてきました。しかし1980年代以降、慢性化した外側上顆炎の組織を顕微鏡で観察した研究は、そこに一般的な炎症細胞(好中球など)がほとんど見られないという驚きの結果を示しました。あるのは、乱れて配列を失ったコラーゲン線維と、通常は骨や軟骨で見られるような未成熟な血管の増生でした。これは「炎症」というより「変性」──つまり組織そのものが弱り、修復に失敗している状態なのです。

湿布や消炎薬で改善しない理由

炎症ではない病態に、抗炎症薬を投与しても本質的な解決には至りません。この疾患に対して湿布や非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を使うと、一時的に痛みが和らぐことはあります。しかし数週間、数か月と経つうちに再燃するのは、根本にある腱の変性が改善されていないからです。ステロイドの局所注射も同様で、短期的な鎮痛効果は明確ですが、長期的にはむしろ再発率が上がる可能性があるという報告もあります。「痛み止めを続ける」というアプローチは、痛みというサインを消しているだけで、腱の状態は何ら変わっていないのです。

tennis elbow lateral epicondylitis tendinosis pain

外側上顆で腱に何が起きているのか

痛みが集中するのは、肘の外側にある「外側上顆」という骨の出っ張りです。ここには手首を反らせる筋肉(短橈側手根伸筋など)の腱が付着しています。テニスや長時間のパソコン作業、雑巾絞りなど、手首を繰り返し反らせる動作が続くと、この付着部に微細な断裂と修復失敗が積み重なっていきます。

コラーゲン線維の「乱れ」

健康な腱は、コラーゲン線維が方向をそろえて整然と並んでいます。ロープが力を伝えるためには、繊維が同じ向きに撚られていることが必要なのと同じです。ところが変性した腱では、線維の配列が乱れ、細かい断裂とそれを埋める未成熟な組織が混在した状態になります。この状態は、外から見て「腱が切れている」わけではないため画像診断でも見落とされやすく、「異常なし」と言われて放置されるケースも少なくありません。

血流の乏しさが治りにくさを生む

もう一つ、腱付着部が治りにくい大きな理由が「血流の乏しさ」です。腱組織は筋肉と比べて血管が圧倒的に少なく、酸素や栄養、そして修復に必要な成長因子が届きにくい環境にあります。皮膚の傷が数日で治るのに対し、腱の損傷が数か月〜年単位で残るのはこのためです。テニス肘が「なかなか治らない」のは、患者さんの努力不足でも治療法が悪いのでもなく、腱組織そのものの生物学的な特性なのです。関節疾患の情報については日本整形外科学会のサイトも参照してください。

テニス肘に対する幹細胞培養上清液注射という選択

こうした「腱変性」という病態理解の転換を踏まえて、近年注目されているのが、幹細胞培養上清液を腱付着部に注射するアプローチです。幹細胞培養上清液は、幹細胞を培養した際に分泌される成分(成長因子、サイトカイン、エクソソームなど)を集めた液体で、細胞そのものではなく細胞が働きかけるシグナルを届ける治療という位置づけです。

上清液が狙う「修復環境の再起動」

腱で起きているのは、修復のプロセスが途中で止まってしまっている状態です。上清液に含まれるTGF-β、IGF-1、FGFといった成長因子は、コラーゲン産生や線維芽細胞の遊走を促すシグナルとして働く可能性が基礎研究で示されており、「止まっていた修復」を再び動かすきっかけになりうると考えられています。もちろん、上清液を打てば必ず治るというものではなく、あくまで組織が持つ修復能力に働きかける生物学的アプローチという位置づけです。幹細胞培養上清液の関節注射について詳しくはこちらもご覧ください。

ステロイド注射・PRPとの立ち位置の違い

一口に「肘への注射」と言っても、目的も作用も全く異なります。ステロイド局所注射は「炎症を抑える」抗炎症治療、PRP(多血小板血漿)は自分の血液から取り出した成長因子を打つ「自己血由来」の治療、そして幹細胞培養上清液は幹細胞由来のシグナルを打つ「細胞由来」の治療です。上清液はロットが標準化されやすく、自己血採取の負担が不要というメリットがある一方、日本国内での臨床エビデンスはまだ蓄積段階にあります。どの治療にも適応と限界があり、「どれが優れているか」というより「今の腱の状態にどれが向くか」が本質的な問いです。

治療を始める前に確認すべきこと

診断はどこから始めるか

肘の外側の痛みは、必ずしもこの疾患だけとは限りません。頸椎症性神経根症からの放散痛、橈骨神経の絞扼、肘関節そのものの変形性関節症など、鑑別すべき疾患は複数あります。上清液注射を検討する前に、整形外科で身体所見・エコー・必要に応じてMRIによる正確な診断を受けることが、遠回りに見えて実は最短の道です。

安静・運動療法という土台

もう一つ大切なのが、注射だけで治療を完結させないという発想です。この症状の背景には手首の使いすぎがあることが多く、原因となる動作や姿勢の見直し、伸筋群のストレッチや遠心性収縮エクササイズといった運動療法が回復の土台になります。上清液注射はあくまで「治りにくくなった腱の修復環境に働きかける手段」であり、日常生活の負荷を放置したまま注射だけで解決を求めるのは現実的ではありません。

まとめ

テニス肘がなかなか治らない理由は、それが「炎症」ではなく「腱の変性」だからです。抗炎症薬やステロイドで痛みを一時的に抑えても、腱組織そのものの状態は改善しません。近年、この病態理解の転換を踏まえて、幹細胞培養上清液を腱付着部に注射する再生医療的アプローチが選択肢の一つとして注目されています。ただし、上清液注射はあくまで「修復環境に働きかける」治療であり、確定的な効果を保証するものではなく、正確な診断と運動療法との併用が前提です。数か月以上続く肘の外側の痛みでお困りの方は、まずは正しい診断から始めることをお勧めします。

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【監修】森脇 進 / Shin Moriwaki(監修医師)

日本美容外科学会(JSAS)会員 / American Academy of Aesthetic Medicine 会員

米国医師免許資格(ECFMG certificate)

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