コラム

手首の親指側がずきずき痛む『ドケルバン腱鞘炎』に幹細胞培養上清液の腱鞘周囲注射という選択肢──妊娠授乳期や更年期の女性に多い第1背側区画の狭窄性腱鞘炎と、繰り返すステロイド注射の限界を森脇医師が整理する2026.07.24

「赤ちゃんを抱き上げるたびに手首の親指側がズキッと走る」「ペットボトルの蓋を開けようとすると激痛が抜ける」──こうした症状で受診する女性の多くが、ドケルバン腱鞘炎と診断されます。母指を動かす2本の腱が通る手関節橈側の『第1背側区画』で慢性炎症と腱組織の変性が起きているのが痛みの正体で、日常動作を大きく制限する狭窄性腱鞘炎の一種です。この記事では、AVAN TOKYO 銀座で扱う幹細胞培養上清液の腱鞘周囲注射という保存療法の選択肢を、繰り返しがちなステロイド注射の限界とあわせて森脇医師の視点から整理します。

この記事の要点

・ドケルバン腱鞘炎は、母指の付け根から手関節橈側にかけて痛みが走る狭窄性腱鞘炎で、妊娠授乳期や更年期の女性に多い

・第1背側区画(短母指伸筋腱・長母指外転筋腱)の慢性炎症と腱組織の変性が痛みの背景にある

・従来主流のステロイド局所注射は短期の除痛には有効だが、繰り返すと腱脆弱化・皮下組織萎縮のリスクを伴う

・幹細胞培養上清液の腱鞘周囲注射は、炎症サイクルと腱周囲の修復環境に働きかけうる新しい保存的選択肢

・効果には個人差があり、装具・作業療法・生活動作の見直しが土台。手根管症候群や母指CM関節症との鑑別が前提

ドケルバン腱鞘炎とは何が起きている病態か

本疾患は、手関節の橈骨茎状突起の直上を通る短母指伸筋腱と長母指外転筋腱が、それらを収める『第1背側区画』というトンネルの中で摩擦を繰り返し、腱と腱鞘(滑液鞘)に慢性炎症と組織変性が生じる腱障害です。母指を握り込んで手関節を尺屈させる動作で強い痛みが誘発され、家事・育児・スマートフォン操作などの日常動作を大きく制限します。

第1背側区画の解剖と摩擦のメカニズム

第1背側区画のトンネルは、内側で『隔壁』により2本の腱を別々の亜区画へ分けているケースが多いことが解剖学的に知られています。この隔壁の存在が腱と腱鞘の間の摩擦を高めやすく、母指を頻繁に動かす人ほどトンネル内圧が上がって腱鞘壁が肥厚し、狭窄性の炎症サイクルに陥りやすいと考えられています。関節・腱疾患の情報については日本整形外科学会のサイトもあわせて参照してください。

なぜ妊娠授乳期・更年期の女性に多いのか

臨床的に本疾患は女性、とくに30〜50代に多いことが知られており、妊娠授乳期にはホルモン環境の急激な変化に加え、乳児を『橈屈位で抱き上げる』動作の反復が第1背側区画への負荷を集中させます。更年期以降はエストロゲン低下に伴い腱・靭帯・腱鞘の水分保持能力とコラーゲン代謝が変化し、腱組織自体が変性しやすい環境になります。この背景を踏まえると、単なる『使いすぎ』で完結する病気ではなく、内因性の組織変化と外的負荷が重なって顕在化する多因子性の腱障害として理解する必要があります。

ステロイド局所注射の限界と、腱を『炎症』ではなく『変性』で捉える視点

短期除痛には強いが繰り返せない

第1背側区画へのステロイド局所注射は、短期的な疼痛軽減と腱鞘の腫脹軽減に高い効果を示す標準的治療の一つです。ただし年に何度も同一部位へ繰り返すと、腱組織そのものの脆弱化・皮下脂肪の萎縮・皮膚の色素脱失といった副作用リスクが積み重なります。腱の脆弱化は最悪の場合、皮下断裂につながる可能性があるため、一般的な整形外科的指針でも『同一部位への短期間の反復注射は避ける』ことが強調されています。

『腱の変性』という捉え方への転換

近年、慢性化した腱障害の病態理解は、単純な『炎症(tendinitis)』から『腱の変性(tendinosis)』へと軸足を移しつつあります。長期化したドケルバン腱鞘炎では、顕微鏡下でコラーゲン線維の配列異常・血管新生の増加・粘液性変性といった変性所見が確認されており、単に炎症を抑えるだけの治療では腱組織そのものの構造回復を促しにくいことが分かってきました。ここに、抗炎症作用と修復環境の整備を同時に狙う新しい選択肢としての幹細胞培養上清液が位置づけられます。

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幹細胞培養上清液の腱鞘周囲注射で狙う『修復環境』

成長因子・サイトカインが働きかけるレイヤー

幹細胞培養上清液には、TGF-β・IGF-1・FGF・VEGFといった多種の成長因子と、抗炎症作用を持つサイトカインが含まれます。本疾患に対する腱鞘周囲注射では、これらの分泌因子が腱周囲の炎症サイクルを鎮めつつ、コラーゲン合成を担う線維芽細胞の活性化や、もともと乏血性である腱組織の微小循環に働きかけることが理論的に期待されます。ステロイドが『炎症を抑える』方向に強く働くのに対し、幹細胞培養上清液は『組織の修復環境を整える』方向へアプローチする点で、狙う軸が根本的に異なります。

位置づけと限界を正直に

ただし現時点で、ドケルバン腱鞘炎に対する幹細胞培養上清液の効果を証明する大規模なランダム化比較試験は存在しません。臨床的には、ステロイド注射の反復に躊躇せざるを得ない症例、装具療法や休養で十分な改善が得られない症例、手術に踏み切る前にもう一段の保存療法を試したい症例で、選択肢の一つとして検討する位置づけが現実的です。効果には個人差があり、慢性度・変性の程度・生活動作の負荷によって反応が大きく変わります。幹細胞培養上清液の関節注射について詳しくはこちらもあわせてご覧ください。

治療は『注射だけ』で完結しない──装具・作業療法・鑑別診断

母指スパイカと生活動作の見直し

本疾患の治療の土台は、注射に先立って必ず『第1背側区画への機械的負荷を減らすこと』に置かれます。母指IP関節を除いた母指を固定し手関節の尺屈を制限する『母指スパイカスプリント』の装用、育児動作では乳児を橈屈位で持ち上げないよう抱き方を見直す作業指導、スマートフォンのスクロールをスワイプ多用からタップ操作へ切り替えるなどのIT機器の使い方の変更が、注射単独の効果を大きく左右します。

手根管症候群・母指CM関節症との鑑別

手関節橈側の痛みは、ドケルバン腱鞘炎以外にも母指CM関節症・舟状骨骨折後の偽関節・手根管症候群の一部・橈骨神経浅枝の絞扼など、鑑別すべき病態が複数あります。とくに母指の付け根の『関節そのもの』が痛むケースでは母指CM関節症を、しびれや夜間痛を伴うケースでは手根管症候群を先に評価する必要があります。腱鞘周囲注射で反応しないとき、診断の再検討が最優先である点は強調しておきたいところです。

よくある質問

Q. 幹細胞培養上清液の腱鞘周囲注射は何回くらい必要ですか?

症状の慢性度・変性の程度・生活動作の負荷によって適切な回数は変わり、一律には決められません。目安として初回投与から4〜8週後に疼痛スコア・母指の可動域・日常動作での痛みを客観的に評価し、追加投与の要否を判断します。効果には個人差があり、装具療法や作業指導の併用が反応を左右します。

Q. ステロイド注射を受けたばかりでも受けられますか?

直近のステロイド局所注射の効果判定期間や局所組織の状態を評価してから間隔を検討します。同一部位への異なる薬剤の短期間の連続注射は組織への負担が大きくなるため、少なくとも数週間の間隔を空けて経過を見ることが一般的です。

Q. 授乳中でも腱鞘周囲注射は受けられますか?

局所投与であり全身移行は限定的と考えられますが、授乳中の使用に関する十分なエビデンスは確立していません。授乳中の方は主治医と相談のうえ、代替療法(装具・作業指導)を先に十分試すことをおすすめします。

Q. 効果はどのくらいで実感できますか?

腱組織の修復環境の変化には時間がかかるため、投与直後の劇的な除痛を期待する治療ではありません。臨床的には数週〜数か月の経過で疼痛と機能の変化を追い、変化が乏しいときは診断の再評価・治療戦略の見直しに切り替えます。

Q. 手術と迷っています。注射で保存療法を続けても大丈夫でしょうか?

装具療法・生活指導・複数回の保存療法で明らかな改善が得られない、あるいは日常動作への支障が続く場合は、腱鞘切開術という手術選択肢が確立しています。腱鞘周囲注射は『手術を必ず回避できる治療』ではなく、保存療法の選択肢を広げるものと位置づけて検討することが大切です。

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【監修】森脇 進 / Shin Moriwaki(監修医師)

日本美容外科学会(JSAS)会員 / American Academy of Aesthetic Medicine 会員

米国医師免許資格(ECFMG certificate)

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